ゆきノート

好きな本や音楽、同棲中の恋人とのことなどについて。

君のいないこの部屋で私は

週に1,2回、恋人の家に泊まりに行く。

恋人は今は学生、私は社会人なので、普段は私が仕事終わりに恋人の家の最寄り駅まで地下鉄で行き、駅まで恋人が迎えに来てくれる。駅から家までの10分強の道のりを、内容も思い出せないようなしょうもない話をして馬鹿笑いしたり、スーパーやコンビニに寄って食料を調達したり、ついでにアイスを買ったりしながら歩いて帰る。

昨日はいつもとは違い、駅から恋人の家まで一人で歩いた。恋人はその日友人と飲みに行く予定があったので、それなら帰ってくるまで私が先に帰って一人で留守番をしていようということになったからだ。仕事で疲れた身体を引きずり、後ろから来た大学生やサラリーマンに次々と追い抜かされながら、コンビニに寄ってアイスを2つ買い、だんだん横殴りに降るようになってきた雨を避けるために傘をほぼ真横に倒して歩きながら、恋人のアパートにたどり着く。合鍵をポストに入れて置いてもらっていたので、ポストを開けるためにダイヤルを回し、中に入っていた鍵を手に取り、階段を昇る。いつもは恋人の後ろに続いて入る玄関に一人で入った。部屋はいつもより少しだけ片付いている気がした。

コンビニで買ったアイスを冷凍庫に放り込んで、床に荷物を下ろす。恋人がテレビを見るのが好きなので普段は帰って来たらテレビをつけるが、私はそんなにテレビが好きではないのでリモコンには手をつけない。代わりに、最近好きなアーティストの曲の動画をスマホで再生して流す。

ハイトーンボイスが響き渡る中、湿気で広がるのを抑えるために一つにくくっていた髪を解き、着ていた服を脱ぐ。恋人が帰って来るのは2時間後なので、着替えやお風呂その他の面倒なことはそれまでに済ませてしまおうという魂胆だ。なんなら余った時間でだらだらしたり趣味(読書やネットサーフィン)に勤しんだりして体力を回復させておこうと目論んでいた。

ここぞとばかりに、私は部屋の真ん中で服を脱ぎ始める。普段恋人と一緒にいる時は、付き合って5年目とは言えまだ恥じらいはあるもので、そんな丸見えの場所で派手に着替えることはしない。だが今日は一人だ。こんな時に部屋のど真ん中で自由にならないでどうする?という具合で服を脱いでシャワーを浴びた。開放感からか、シャワーを浴びながら例の最近はまっているアーティストの曲を熱唱する。ふと窓が空いていることに気づき、もしや私の歌声が住宅街に響き渡っていたんじゃないかと思い、小さく鼻歌を歌うにとどめることにした。あくまで歌うのをやめないのは、私からこの鬱屈した日常へのせめてもの抵抗だ。大げさか。

「お風呂上りに体が温まって汗をかくのでお風呂に入った意味がなくなる」という私のしょうもない悩みに対してこの間恋人が教えてくれた、「お風呂から上がるとき最後に少しぬるめのシャワーを浴びるといい」というアドバイスを実践し、浴室を出る。例の通り部屋の中に一人なのをいいことに、下着姿で髪を乾かす。服を着ないで過ごす習慣のない私にとって、その時間はなかなか新鮮なもので、入浴後で火照った身体に冷房の風が直接当たるのは心地よかった。世にいう「裸族」の人たちの気持ちが何となくわかった気がした。数分間開放的な気分を味わったところで、扇風機の風が身体の前面を直撃するせいか肌寒くなってきて、先日お風呂上りに冷房で身体が冷えてお腹を壊したことを思い出したのでおとなしく部屋着を着た。

髪を乾かし終わり服も着て、すべての準備が整った。何の準備かって、だらだらする準備ですよ。スマホと文庫本を持ってベッドに寝転ぶ。Twitterの画面をスクロールして、寝返りを打って、本を読む。やっと終盤に差し掛かってきた三島由紀夫の『金閣寺』は、エンタメ小説ばかり読んでいる私には少し難しくて何回も引っ掛かりながら読むせいで、普段に比べて3倍くらい読むのに時間がかかる。

知らない言葉が死ぬほど出てくる文章と格闘していると、コンコン、とドアを2回ノックする音が聞こえた。ちょっと早いけど恋人が帰ってきたかと思ったが、万が一違う人だったら嫌だし、おそらく恋人に用があるであろう相手からしたら私が出ても困惑するだけだろうと思ってとりあえずスルーし、恋人から「開けてー」とLINEが来るのを待った。しかし、LINEが来ない。結局その後も何もなかった。じゃあさっきのノックは何?急に怖くなったのでベッドの上で縮こまっていたら、眠くなってきた。しばしまどろむ。微睡むって綺麗な言葉だよなあとか、うつらうつらしながら考えていると、本当に恋人が帰ってきた。

玄関まで出て行って、恋人を迎える。「ただいま」というのは部屋の主で、「おかえり」というのが侵入者(ちょっと違う)の私というのがなんとなく不思議な感じだ。帰ったばかりの恋人の左手を見ると、コンビニの袋を提げていた。もしかしてと思っていると、「アイス買ってきたから一緒に食べよ!」と。案の定だった。4つのアイスの中から好きなものを一つずつ選んで食べた。残った二つはまた今度、と冷凍庫にしまった。

家主が帰って来たワンルームは、いつも通りしょうもない話で盛り上がる声や笑い声で満ちた。二人で寝転んで半分の広さになったベッドの上で、やっぱりこの部屋には2人いないとな、と思ったところで眠りについた。