ゆきノート

好きな本や音楽、同棲中の恋人とのことなどについて。

闇の中で明るい明日の夢を見る

会社員として働くのに、絶望的に向いていない。

仕事ができない私にとって、人とコミュニケーションをとるのが苦手な私にとって、メンタルの弱い私にとって、組織の歯車の一つとして働くことは正しい選択ではなかったのかもしれない。

私は仕事ができない。新卒で入社して2年目、単純作業の側面の強い仕事は特に問題なくこなせるものの、他者との調整が必要な業務になった途端に仕事が進まなくなる。他者への相談や依頼が苦手なせいで、可能な限り自分で解決しようとして欲しい情報を手に入れるのに不必要な遠回りをする。他者へ言葉で説明する能力がないせいで、言いたいことや聞きたいことが本来の30%くらいしか伝わらない。

理解力もないようで、入社から1年半近く経つ今になっても、職場で飛び交う専門用語だらけの会話がいまいち理解できないでいる。これには私もかなり焦っている部分がある。だから入社当初からできるだけ、自分の席の周りで業務に関する議論が起こっているときは、議論に参加はしないまでも話の内容を聞いて、少しでも会話の内容が理解できるようになるように努力しているつもりだった。

忘れもしない先週の某日の残業中、いつも通り自分の席の周りで上司や先輩が仕事の話をしていた。何となく手を止めて、話に耳を傾けていた。半分理解できて、半分理解が及ばない話を、いつか全部が分かるようになることを願って頭の中で整理しながら聞いていた。ある程度話が進んだところで、上司が言った。「青砥さんは話聞いてなくていいから仕事してよ」、そう言った。

この瞬間私の中に広がった、羞恥と惨めさが混ざり合った嫌な感情を、あの上司はきっと理解できない。もしかしたら、私が周りに気を遣って仕事の手を止めていると思った上司が好意で言った言葉だったかもしれないし、どうせ聞いたって半分しか分からない話を聞くために仕事の手を休めていた私は確かに悪かったのだろう。でも、私がその上司に対して、「ああ、きっとこの人には仕事ができない部下の気持ちなんて分かるはずもないし、分かろうとする意志もないんだろうな」と思ったのは確かな事実だし、あまりに強烈すぎるその印象は、きっとこれから仕事をしていく中でずっと残っているんだろうなと思う。

この日の前日、私はある書類の提出締め切りに追われて終電まで残業をした。それでも仕事が終わらず家まで仕事を持ち帰り、徹夜で仕事をしてそのまま始業時間より1時間早く出勤、やっとの思いで締め切りに間に合わせたところだった。私のスケジュール管理が悪かったせいもあるとは言え、徹夜明けの後に1日働いた後に言われた言葉がそれ。上司は何の気なしに言った一言だったと思うが、連続で32時間働いた後で正常な動きをしていない私の脳と精神は、その一言を様々に変換する。「お前みたいな仕事のできないやつは頭数になんか入っていない」「変に中心業務に関わろうとするな。お前は雑用だけやっていればいいんだ」「能力のない奴が残業してまで仕事をする価値なんかない」たった一言がたくさんの刃に形を変えて、私の心をぐさりと貫いた。

それとともに、上司に対して本来抱くべきでない憎しみが沸き起こった。彼はきっと、新人の頃から仕事もできて、他者とのコミュニケーションもうまく取れて、順調に出世して今の地位まで上り詰めたのだろう。そんな上司に、こんな仕事ができない臆病者のひよっこの気持ちなんて、そりゃあ分かるはずなんてないのだ。徹夜明けでボロボロになって、上司の何気ない一言に一人で勝手に傷ついて、悔しくて悲しくて、それでも周りの席の先輩に要らぬ心配をかけないように必死に涙をこらえていた入社2年目の部下の気持ちなど、分かってたまるものか。

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そうしてかき乱された心で30分ほど残業を続けていたのだが、集中力が続くはずもなく、徹夜明けの疲れもあって全くはかどらなくなったので、諦めて仕事を切り上げ帰ることにした。

その日は仕事終わりに恋人の家に泊まりに行く日で、普段とは逆方向の地下鉄に乗った。疲れとショックで朦朧とする意識の中で電車に揺られ、なんとか目的の駅で下車。こんなめちゃくちゃな精神状態でも、駅の出口にはいつも通り迎えに来てくれた恋人が立っていて、一度死んだ心が息を吹き返すような、そんな大げさな表現がぴったりに思える感情でいっぱいになった。

いつもと同じように、帰り道の途中のコンビニで缶ビールを買って、他愛もない話をしながら家に向かう。家に着くと恋人が作ってくれていた料理がテーブルの上に並んでいて、ビールを飲みながら夕食を食べる。いつも通りの、温かくて幸福な時間。さっき職場であった嫌なことも、二人で過ごしているときは不思議なほどに忘れていられた。

夜が更け、眠りにつく前にお風呂に入る。一人で浴室に入って、シャワーを浴びる。家に着いてからずっと恋人が隣にいたのに、シャワーを浴びている間は、どうしようもないほどに一人ぼっちだ。一人になった瞬間に、職場でのあのシーンが脳裏に蘇った。間のとり方や口調まで、じっとりとこびりついたあの言葉が、何度も何度も頭の中で再生される。何度停止ボタンを押しても、傷のついたCDを再生した時みたいに、その言葉は繰り返し流れ続けた。

狂ったように繰り返す言葉を振り払いながら浴室を出ると、やはりいつも通りの恋人が私を迎えてくれた。死にたいぐらいの惨めさと、絶対死にたくないぐらいの幸福で、心の中はぐちゃぐちゃになって、また溢れ出しそうになる涙をこらえながら、さっきコンビニで買ったアイスを一緒に食べた。巨峰の味のアイスキャンデーは甘くて酸っぱくて、終わりゆく夏を思い出してまた心が締め付けられた。

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今これを書いているのは日曜日の午後。これから来る夜が終われば、また明日は仕事に行かなければいけない。思ったよりも私はあの言葉を引きずっているみたいで、正直、明日が来るのがとてつもなく怖い。こんな気持ちのままでどういう心持ちで仕事に取り組んでいいのか分からないし、仕事中にまたあの惨めな気持ちが蘇って涙がこみあげてしまいそうで、それを想像するとどうしようもなく苦しくなる。

今のまま働き続けることでこんなにも惨めな気持ちになるのなら、それよりも大好きな恋人のために家を綺麗にして、美味しい料理を作って恋人を迎えられるような余裕のある生活がしたい。こんな考えが甘えだというのは分かっているし、本気で家事労働をしている人に対して失礼だとも思う。

でも、このまま神経をすり減らして明日が来るのに怯えて、こみあげる涙を無理やりせき止めながら平気なふりをして過ごす毎日に耐えられる気がしない。そんな暗鬱な日常を投げ捨てて、愛する人のために自分にできることをしたいと思ってしまう。きっとたくさんの人が、そんな願いを抱えながらも必死で現実と向き合って社会の一員として働いているんだろう。でも、弱い私にはそれをやっていく自信がどうしてもないのだ。

私がこうしてどうしようもない悲しみや願いを抱えてキーボードを叩いたところで、どうもなりはしないし容赦なく明日はやってくる。この終わりの見えない不安がいつまで続くのかは分からないけれど、きっと恋人との甘く幸福な日常がそれを塗り潰してくれることに思いを馳せながら、一日一日をこなしていくのしかないのだろうと思う。一夜眠れば明日になる。夜の闇とともに、鬱屈したこの感情も消し去られますようにと願う、日曜日の夜。